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現役生活の終了から年金生活開始までの5年間というタイムラグを、どのようにして凌ぐのか。
やはり退職金等の貯金を食いつぶすことになるのか。
しかし、その頼みの綱の退職金さえも減り始めているのだ。
こう考えると当然、消費は冷え込む可能性が非常に高い。
10年前に15%前後あった日本の家計貯蓄率は、2001年には6.9%まで急低下している。
それにともない「貯蓄ゼロ」の世帯も20%を超え、40年ぶりの高水準になっている。
仮に、景気回復によりこの2、3年は家計が好転したとしても、2006年以降、家計貯蓄率のさらなる低下は避けられず、貯蓄ゼロ世帯はますます増えると考えるのが自然だろう。
私か心配しているのは、貯蓄ゼロの世帯が増える事が巻き起こす弊害である。
団塊の世代のリタイア後をおそう漠とした不安リタイアすることによる団塊の世代の精神的な喪失感も、決して無視できない部分だろう。
団塊の世代は、日本の戦後昭和史に様々な形で出てくる。
学生運動など、この国の様々な社会システムをどうやって打破するか、ということに注力してきた大変なエネルギーを持った世代だと言える。
社会に出てからも、彼らは実によく働いた。
働いている時こそがエネルギーをそそぎ込む事ができる充実した時間であり、そこに彼らの身の置き場所もあったのだ。
だから、彼らは働くことに対しては否定するところはまったくない。
それこそ、追い立てられるように仕事をしてきた。
高度成長期には、『C』という雑誌が発行され、「ニューファミリー」という言葉が脚光を浴びた。
そのファミリーは、それほど華美な生活を望むわけではなく、たとえば「家族でパンをつくってみよう」とか「うどんを打ってみよう」などというような小市民的な発想を持っていた。
何をするにも、「みんな一緒に」「力を合わせて」ということだ。
ところが、そんな彼らがリストラや定年により、「あなたたちは年金受給者ですから、リタイアしていいのですよ。
もう会社に来なくていいから、おうちで好きなことをやりなさい」と言われると、彼らの多くは途方に暮れ、絶望感に襲われるのではないか。
「このエネルギーをどこに持っていけばいいのか」というような、他の世代にはなかなか理解できないある種のあえぎがあるはずだ。
そこが、団塊の世代とそれより若い世代との決定的な違いだ。
それでも社会は今まで通りに動いている。
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